ホーム » スポンサー広告国内 » 真野和男、77歳 “謎のピアノマン” 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
タグ /

真野和男、77歳 “謎のピアノマン” 

デパートや楽器店の電子ピアノ売り場で演奏している人といえば、音色を確かめているお客さんか、PRのために弾く販売員が思い浮かぶ。ところが、ビックカメラ有楽町店本館の電子ピアノ売り場では、ホームレス風の男性が超絶技巧を披露し、リサイタル状態になっているという。“謎のピアノマン”のうわさを確かめるべく、ある平日の午後に同店を訪ねてみた。
真野和男、77歳

 地下2階の電子ピアノ売り場にその男性はいた。野球帽にマスク、オレンジ色のベスト。ちょっと怪しげな格好だ。しかし、一歩ずつ近づき、ピアノの音色が聞こえてくるにつれ、不思議な空気に包まれた。

 ビックカメラのCM曲や販売員の売り出しの声で騒々しい店内で、男性のいる場所だけ別世界のよう。鍵盤の上を踊るように動く指に合わせ、音があふれ出している。まさに“一人オーケストラ”。めまぐるしく曲調が変わる即興のリサイタルに、通りかかる人もぎょっとしたり、足を止めて聴き入ったり…。

 “謎のピアノマン”の正体は、作曲家の真野和男さん(77)。

 平日のほぼ毎日、都内の家電量販店で自作の曲を演奏している。「私は売り場でピアノが上達したようなもん。家には楽器がないんです」

 えっ、作曲家なのに家に楽器がないんですか?

 「ピアノ、大嫌いだったからさ」

 平成17年にリリースした自作自演のCDも「売り場でMDで録音したんだよ」というから仰天だ。毎日のように通うようになったのは13年ごろからだが、真野さんの「電子ピアノ売り場歴」はなんと40年以上だという。

■米軍クラブで修行

 真野さんは昭和6年、東京・五反田で酒屋の二男として生まれた。5歳ごろからピアノを習い始め、音大への進学を希望していたが、時代は太平洋戦争直後。食べ物にも困る状況で進学できず、高校卒業後は知り合いの紹介で米軍基地に勤め始めた。

 仕事の傍ら、教会で聖歌隊の合唱の指揮をしたり、基地内のクラブで弾いたりし、アメリカの音楽に触れた。アレンジや即興で音楽を楽しむ姿に刺激を受けた。「この時の経験は自分の財産になった」

 数年後、やっとの思いで音大に入学したものの、予想外の出来事が。「教会音楽をやりたかったのに、学内には教えてくれる教授がいなくてね」

 事前に調べておけばよかったのでは…。

 在学中に始めたバンド活動がお金になったこともあり、結局2、3年で中退してしまったという。

■3回の結婚、ぜんそく

 その後、人脈に恵まれ、八面六臂(ろっぴ)の活躍をする。作・編曲に始まり、バンド活動や音楽イベントの企画、音楽教室での指導に楽器のリース業などなど…。仕事帰りに、電子ピアノ売り場に通うようになったのもこのころだ。

 生活は派手だった。高級車を乗り回し、ホテルのバーに20本ものボトルをキープ。株でもかなりもうけたそう。バブル崩壊の時もなんとか損は出さずに乗り切り、「兜町ではかなり有名だった」と豪語する。

 プライベートでは、3回の結婚と3回の離婚を経験。最初の妻との間に一女をもうけた。おまけに、4歳下の最初の妻と、20歳以上年下の3番目の妻の仲が良く、離婚後も3人のつきあいは続いたという。

 さすがにもう結婚はいいそうで、「自分は仕事には誠実だったけど、まあ、人生好きなようにやってきたよ」

 48歳で突如、ぜんそくを患った。路上で倒れるほど重く、音楽教室以外の仕事から手を引くことに。療養地を求め、八丈島へ行ったところ、温暖な気候が体に合い、体調も良くなっていった。

 東京に戻ってきたときにはすでに60代半ばだったが、音楽への思いを抑えきれず、慣れ親しんだ電子ピアノ売り場へ舞い戻った。

■集客だけでなく接客も

 電子ピアノは、ピアノだけでなくさまざまな楽器の音色を出せ、メロディーを録音して重ねることもできるから作曲にぴったりだ。

 売り場で弾く理由を尋ねると、「山寺で1人静かに弾いていたってだめ」「音楽の原点は路上で聞かせること」。音楽の楽しさを伝えたいという純粋な思いが、真野さんの足を売り場へ向かわせているのだ。

 ただし、「お店の邪魔にならないように、1店舗1時間半くらいまで」とさりげない気遣いも。午前中はベスト電器新宿高島屋店、午後はビックカメラ有楽町店本館、夕方はビックカメラ新宿西口店に出没する。

 かつて、英国で保護された自称・記憶喪失の男性が華麗にピアノを弾いたとして“謎のピアノマン”と話題になったときには、真野さんもマスコミに取り上げられ、人だかりができた。

 集客だけでなく接客までしてしまう。「お客さんに紹介したピアノは100台以上」というので、半信半疑でお店の人に聞いてみると、「私たちよりよっぽど電子ピアノの良さを理解されていますから。できることなら毎日来てほしい」とビックカメラ新宿西口店の石川勝芳店長。真野さん目当てで来店する人もいる。

 真野さんの紹介で電子ピアノを買った世田谷区の主婦(52)は、「電子ピアノでこんなにいろんな音が出せるなんて知らなかった。自分でも作曲するようになったし、音楽観も変わりました」と話す。

 ファンは、店員の間にも広がっている。同店楽器コーナーの上形幸代さんはその音楽性を絶賛。演奏を録音して、売り場で流したこともあり、「独特な演奏で、感動して涙が出そうになったこともあります。もっと多くの人に真野さんの音楽を知ってもらいたい」

■熱いハートの音楽家

 気になるのは「ホームレス風」と話題になったこと。恐る恐る真野さんに尋ねてみると、渋谷区のアパートに住んでいて現在は年金暮らしだが、「昔は黒ずくめにぼろぼろのジーンズで、ひげもそってなかったから間違えられたこともあったよ」とのこと。「警備員からもよく注意されたなあ」となぜだか懐かしげ。

 「宿泊費に」とお金を渡されたことや、「夕飯にどうぞ」とのメモが添えられたファストフードの紙袋が置いてあったことも。

 そんな真野さんにとって、売り場はもう人生の一部だ。

 「朝、ぜんそくで苦しくても、売り場で弾いていると、血流が良くなってスーッと体があったまるんだよ」「90歳になっても健康で、今の技術を保っていたい。ちんたら弾いていたらサマにならないからね」

 77歳とは思えない、真野さんのパワーに圧倒されっぱなしで取材を終えた。

 “謎のピアノマン”の正体は、今どき珍しいくらい純粋で熱いハートを持った“音楽家”だった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090621-00000545-san-soci

真野さんの隠れファンまでしっかりいるんですね。
こんどビッグカメラ、いってみようかな。


CDも聞いてみたいし、でもamazon検索したけど、なかったよ。
どっかで販売してないのかな。


紹介したピアノは100台以上・・・、びっぐカメラもびっくりな隠れ販売員?!


しかし、真野さんの人生はまさに、山アリ谷ありですな。
こんどTVでも「人生波乱万丈」とかいって、でてくるんじゃないでしょうか。
ネタとしては、いいかも。


コレを読んでるTV関係者の方、そこんとこ検討してみてくださいよ。



関連記事

Return to page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。